今日読みたい「ありのままの体」のアファメーション
- この体は今日も精一杯動いている。
- 体を大切にしている。
- この体を優しくいたわる。
- 自分をちゃんといたわっている。
- この体で今日も生きている、それだけで意味がある。
- 心地いいと感じる動き方をする。
- 見た目がすべてじゃない。
- この体を友達のように扱う。
- あらゆる喜びを、この体で感じてきた。
- 今日は体を愛さなくていい。
- 気づかなくても、体は働き続ける。
- 体は今日も、ちゃんと動いてくれている。
- 体がどうであれ、私には価値がある。
- 今の体のままで、じゅうぶんだ。
- 鏡に映るものが、自分のすべてじゃない。
- 体は私のために働いてくれている。
- この体の役割は、見られることより生きることだ。
- 体を粗末にしない。
- 価値は、体の形では決まらない。
- 体を責めないでいられる。
- 体があるから、今ここにいられる。
- 毎日、体が私を運んでくれる。
- 体にありがとうと言いたい。
- 体の疲れに、ちゃんと気づける。
- 体が私を生かしている。
- 少しずつ、この体を受け入れていく。
- 何年経っても、この体からはまだ学べることがある。
- 気づかれなくても、体は静かなリズムを保っている。
- この体には、見た目よりもはるかに多くのものが詰まっている。
- 体を敵のように見るのをやめて、味方として付き合う。
ボディイメージのアファメーションは、前向きでなくてはいけない?
体についてのアドバイスは、両極端に振れがちです。体を責めるか、愛するか。どちらも、ただその体で暮らしていく余地をあまり残してくれません。ここにある一行が目指すのは、もっと安定したところです。「今日は体を愛さなくていい」。それで大丈夫です。目標は、体に見とれることではなく、体を尊重すること。今日そう感じていてもいなくても差し出せる、ごく当たり前の敬意です。
敬意なら、ふつうの日にも揺らぎません。研究の裏づけもあります。ある対照研究では、ポジティブな言葉を唱えるのではなく、短い手順に沿ったセルフ・コンパッション(自分へのいたわり)の練習が、女性たちの体への不満を、数値ではっきりわかるほど減らしました。体の見た目がよくなったと誰かを説得したわけではありません。変化は、自分への厳しい監視を、友達に接するときに近いものへ置き換えたことから生まれました。だから「静かに支えてくれるこの体に、敬意を払う」のような一行は、見た目については何も言いません。息をし、自分を運び、傷を治してくれる体。お礼のひと言もないのにそれだけ働いてくれるものにふさわしい礼儀で、その体に接しよう、と促すのです。
このカテゴリが、よくあるボディポジティブのスローガンを使わないのも、そのためです。そうしたスローガンは、それ自体がひとつの演技を求めてきます。体を愛せと言われるのも、やはり命令です。「まず好きになれなくていい。食べて、休んで、優しく動かすのに許可はいらない」は、求めるものが少なく、与えるものが多い一行です。見た目への気持ちがまったく変わっていない日でも、食べて、休んで、体を動かすことはできます。
出典:Albertson, Neff & Dill-Shackleford, Self-compassion and body dissatisfaction in women: a randomized controlled trial of a brief meditation intervention (Mindfulness, 2015) · Neff, Self-compassion: an alternative conceptualization of a healthy attitude toward oneself (Self and Identity, 2003).
ボディイメージのアファメーションを、演技にしない続け方
今日の自分に求めるものが、いちばん少ない一行を選びましょう。「今の体のままで、じゅうぶんだ」に手が届く日もあります。別の日には「今日は体を愛さなくていい」がぴったりで、その日はそれを使えばいいのです。あたたかく聞こえる一行のほうが点数が高い、ということはありません。
鏡の前と同じくらい、鏡から離れた場所でも言ってみてください。何も考えずに服を着ているとき、散歩の途中、寝る前に胸に手を当てながら。練習を鏡と結びつけると、いつまでも見た目が話題の中心になります。ほかのことと結びつければ、その一行は、自分が暮らしている体についての言葉になります。
何か新しく付け足すのではなく、体がすでにしていることと組み合わせましょう。「この体を友達のように扱う」は、シャワーや食事、寝る前のストレッチにそのまま重ねられます。何もないところからつくり出す気分ではなく、ふだんどおりのケアです。
感じてもいない前向きさを演じるよう求めてくる一行があれば、もっと素朴な一行に替えましょう。「気持ちが整わなくても、ケアから始めていい」は、明るい言葉がうそっぽく感じる日のための一行です。
体のことが気になる、こんな瞬間に
服を着るとき。まだ服も選んでいないうちに、いつものチェックが始まってしまう瞬間。ここでの一行は、目に映るものと言い争いはしません。次にどうするかを変えてくれます。
見た目について何か言われたあと。それが好意からでも、そうでなくても。「価値は、体の形では決まらない」は、その言葉がまちがっていると証明する必要がありません。ただ、その言葉に基準を決めさせないのです。
カメラの前で。あるいは、あとでその写真をスクロールで見かけたとき。どちらも、自分を厳しく評価してしまうきっかけになりがちです。「鏡に映るものが、自分のすべてじゃない」は、鏡の姿にも写真にも、同じように当てはまります。鏡にも写真にも映らない自分が、ちゃんといます。
特に何もない、ふつうの日。洗濯物をたたんだり、バスを待ったりしているときに、体についての心の実況が、いつもの癖で始まってしまうとき。ここにある一行の多くは、危機よりも、そんな背景のざわめきのために書かれています。ホーム画面ウィジェットは、それをやさしく遮るひとつの方法です。スマートフォンに目をやるたびに、違う一行が目に入ります。
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